舞台を楽しむための3つのポイント
剣舞の有名な作品を一つ挙げると、「不識庵機山(ふしきあんきざん)を撃つの図に題す」があります。
鞭声粛粛夜河を過る(べんせいしゅくしゅくよるかわをわたる)
曉に見る千兵の大牙がを擁するを(あかつきにみるせんぺいのたいがをようするを)
遺恨十年一剣を磨き(いこんじゅうねんいっけんをみがき)
流星光底長蛇を逸す(りゅうせいこうていちょうだをいす)
これは江戸時代後期の武士で漢詩家の頼山陽(らいさんよう)が、戦国時代の上杉謙信と武田信玄のライバル関係を、上杉謙信の目線で詠んだ漢詩で、「川中島」の通称でよく知られています。
このように、事前に川中島の合戦に関して情報を仕入れたり、漢詩の意味を調べておけば、舞台で何が行われているか、理解しやすくなります。ここでは、剣舞の舞台をより楽しむためのポイントを紹介しましょう。
詩文を予習

発表会やリサイタルに招待された場合、可能であればプログラムもしくは演題リストを主催者にもらえないか、問い合わせてみましょう。演題がわかれば、それをインターネットなどで調べると、詩文を事前に見ることができるかもしれません。吟詠用の漢詩紹介サイトとしては「公益社団法人 関西吟詩文化協会」のサイトが充実しています。詩の作者や内容、歴史背景を予め知っておくと、舞台を見たときにその振り付けが何を意味しているのか、見当がつきやすくなります。
表現手法を知る
剣舞の振り付けは通常、各流派の宗家・家元・会長、もしくは特別に許しを得た人だけが振りを付けることができます。いくつもの型を組み合わせて(時には新しい型を開発して)、一つの漢詩に振りをつけていきます。それらの型は大きく以下の三つに分けることができます。表現パターンを沢山知っていれば、目の前で行われている振り付けが何を表しているかを理解することができます。
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1.戦いの表現としての刀法
戦う場面では、斬り付けの連続技が用いられます。実際の戦でいつも刀が使われたわけではありませんが、刀を武士の象徴として用います。その際、刀の抜き方や納め方、斬り方など、刀の使術に関する考え方の多くは、居合術がベースになっています。これは、剣舞が武道を元に発展した芸能であるためです。ただ、舞台芸能としての見栄えを重視し、同じ名前がついている型であっても、その所作のあり方が武道と異なることもあります。武道に慣れた方であれば、その違いを発見するのも面白みといえるでしょう。
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刀や扇の礼法所作
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2.人物の内面描写や、刀や扇の礼法所作
刀を使った振り付けは、斬る型だけではなく、例えば戦の前に刀の手入れをしたり、刀を前に掲げて気持ちの高まりを表すなどの表現もあります。また、座って刀を自分の右脇に、扇を自分の前に置き、主君に対してお辞儀をするなど、実際の扇や刀の礼法所作を振り付けとして見せます。
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「見立て」による風俗表現
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3.「見立て」による風俗表現
刀や扇を何か他の事物として表すことを「見立て」といいます。刀であれば、杖、弓、銃など、扇であれば、草木、雨風、山、波、酒、扉、兜、鎧、血しぶき、弓、杖など、情景や心情を幅広く表現することができます。たまに扇に代わって実物の旗や盃、杖に持ち替えたりもしますが、基本的には全て扇や刀で置き換えることが可能です。
流派による表現の違いも見どころ
ところで、同じ物を表すにも、流派によってどこまで写実的に表すか、どこまでデフォルメするのか、あるいはどの部分を扇子で表し、どの部分を反対の手や仕草で表すかなど、考え方の違いで、見立ての型が変わってきます。一つの例として、「弓矢の見立て」について、二つの流派の所作を紹介しましょう。
正賀流の弓の見立ては、左手で扇を縦に構え、右手はこぶしで弓を引きます。そして右腕を垂直に上げることで矢を放ちます。一方、小天真道流の弓の見立ては、左手で扇を縦に構えるのは同じですが、左手は四指を揃えて矢を引きます。そして右腕を斜め上に上げて矢を放ちます。この時に左手は手首を内に返して、扇を寝かせます。正賀流の所作よりも、より写実的な表現といえるでしょう。
しかし、背筋を真っ直ぐ伸ばし、肘をしっかり張り、指先まで整え、目線の高さを安定させることなどはどちらの流派も共通しており、同じ剣舞というフィールドにおいてそれぞれの流儀が形づくられてきたことが伺えます。なお、これらの所作は決して固定されたものではなく、作品によって変わることがあります。
このように、流派による違いを発見することも、舞台を観る楽しみの一つです。